COURTYARD HIROO

篠田有史

今回は12月にガロウで写真展を開催した篠田有史さんにお話を伺いました。
今年4月にコートヤードHIROOのメンバーに新たに加わった田中望李は、大学院生時代に篠田さんが所属する「ストリートチルドレンを考える会」のフィリピンスタディツアーに参加しました。そこで感じたのは、フィリピンの観光地としての側面だけでなく、日常の暮らしや子どもたちの現実にも目を向けてもらいたいという思いです。そんな思いから、今回の写真展を企画・主催しました。本記事では、篠田さんが写真家を志したきっかけや、活動を通して伝えたいことについて伺いました。

Q:まず、写真家として活動を始めたきっかけを教えてください。
篠田:写真を始めたのは24歳のときです。9月から1年間、世界一周の旅に出ました。当時は写真家になろうとは全く思っていなくて、ただ世界を見てみたかった。カメラをたくさん持って、アメリカから旅を始めました。
旅の途中で、ユージンの写真展を見る機会があったんです。それは彼が亡くなった直後に開かれた写真展でした。偶然2回見ることになって、そのどちらも強く心に残っています。その時初めて、写真は単なる記録じゃなくて、「人の生き方」や「人生そのもの」を残せる表現なんだと感じました。

Q:その体験が、写真を続ける決定的なきっかけになったのでしょうか?
篠田:そうですね。その後、ニューヨークでいろいろな国の人たちと話す機会があって、自分の名前や背景を説明する中で、「写真を通して人とつながる」という感覚を強く持つようになりました。そこから写真を続けてみようと思ったんです。

Q:最初に長期間滞在したのがスペインだったそうですね。
篠田:はい。アンダルシア地方の南の小さな町に1年間住みました。そこは観光地でもなく、治安が良いとも言えない場所でしたが、町の人たちと同じ生活をしながら写真を撮りました。

Q:なぜスペインだったのでしょうか?
篠田:ユージン・スミスの影響が大きいです。彼が1950年代にスペインで撮影した作品があって、それにずっと惹かれていました。作品を「見る」だけじゃなくて、同じ土地に立ってみたい、同じ空気の中で写真を撮りたいと思ったんです。
結果的に、その町に1年間住み、日常を記録しました。それが自分にとって初めての本格的な取材であり、写真家としての原点になっています。

Q:そこから社会的なテーマへと関心が広がっていきますね。
篠田:きっかけは別の写真家からの紹介でした。最初はメキシコです。ストリートチルドレンを長年取材してきた方から、「今も世界には路上で生きている子どもたちがいる。それを撮ってきてほしい」と言われたんです。
最初の動機はとてもシンプルでした。ストリートチルドレンという存在が、今も現実としてあることを、できるだけ多くの人に知ってもらいたい。それだけでした。

Q:フィリピンでは長年、同じ家族と関わり続けていると聞きました。
篠田:2010年から今もつながり続けている家族がいます。支援という言葉でまとめてしまうと簡単ですが、実際には定期的に連絡を取ったり、現地を訪れたり、関係を続けているという感覚です。
お金を渡すことだけが支援ではないと思っています。一番大切なのは、「忘れられていない」「気にかけている人がいる」と伝え続けること。その積み重ねが、彼らにとっても、僕たちにとっても意味を持つ。

Q:今はSNSなどでのやり取りもしているのでしょうか?
篠田:そうですね。昔は手紙くらいしかなかったですが、今は携帯を持っている人も多い。距離が離れていても関係を保てる時代になったのは大きいと思います。

Q:写真だけを見ると、印象が先行してしまうこともあると思います。
篠田:よく「かわいそう」という言葉を聞きますが、実際に現地へ行くと、子どもたちは驚くほどたくましい。家族や仲間と一緒に笑って暮らしている姿もたくさんあります。
もちろん厳しい状況にあることは事実です。でも、外からの視点だけで決めつけるのではなく、現地に行って初めて見える表情や関係性がある。そのことを写真で伝えたいと思っています。

Q:今回の展示を通して、どんなことを感じてほしいですか?
田中:何か大きな支援をしてほしいとか、行動を強制したいわけではありません。ただ、知ってほしい。実際に見て、感じてほしい。
フィリピンは日本から近い国ですが、観光だけでは見えない現実がある。この展示が、その入口になればいいと思っています。実際に現地へ行ってみたい、関わってみたい、そう思う人が一人でも増えたら嬉しいですね。

Q:今後もこの取材は続いていくのでしょうか?
篠田:続けていきます。好奇心が一番の原動力です。知らない国、知らない場所、知らない現実を知りたい。そのためには、実際に行かなければ分からない。
メキシコ、フィリピンだけでなく、近年は難民の取材も続けています。特に印象的なのはベネズエラです。人口の3分の1、あるいは4分の1が国外に出てしまうほどの状況で、なぜそんなことが起きているのか、自分の目で確かめたいと思いました。その流れでコロンビアにも足を運びました。
旅をして、現地に身を置き、人と話し、時間を共有する。そうしないと見えてこないものが必ずあると思っています。

Q:長年撮り続ける中で、変わったことはありますか?
篠田:昔はフィルムを大量に持ち歩いていました。36枚撮りのフィルムで、1枚1枚を慎重に考えながら撮る。その制約があったからこそ、写真と真剣に向き合えた部分もあります。
今は環境も技術も変わりましたが、ゆっくり撮る姿勢は変わっていません。時間をかけて関係をつくり、相手の生活のリズムに身を委ねる。その中でしか撮れない写真があると思っています。

Q:最後に、このインタビューを読む人へ伝えたいことは何でしょうか?
篠田:いつ来るか分からなくても、誰かが気にかけている、見ているということは、確実に相手に伝わります。フィリピンでも、メキシコでも、どこに行っても、それを一番大事にしてきました。
この展示や写真を通して、知らなかった現実に少しだけ目を向けてもらえたら、それで十分です。実際に見て、知ってくれればいい。それが、写真を撮り続ける理由です。

▶ストリートチルドレンを考える会 公式HP
ストリートチルドレンを考える会 – Chidren Future Network

▶第16回フィリピン/ストリートチルドレンと出会う旅26募集開始
⚡︎第16回フィリピン/ストリートチルドレンと出会う旅26募集開始 ⚡︎ – ストリートチルドレンを考える会

▶imidas「黄色い蝶に導かれて」 1月記事公開
篠田氏が9月にガルシア・マルケス氏の故郷であるコロンビアのカリブ地方を訪ねた紀行エッセイ
情報・知識&オピニオン imidas – イミダス | 現代用語の意味を調べる・時事用語&時事オピニオン・雑学事典など豊富な情報が満載 – イミダス

Interviewer:Satoko Kubota

篠田有史
1954年、岐阜県に生まれる。
24歳のとき、2台のNikonと一年間の世界一周の旅に出る。帰国後、フォトジャーナリストとして生きることを決める。以降、スペイン語圏を中心に取材活動を続ける。
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