COURTYARD HIROO

菅原 万有 Maari Sugawara

2025年5月、コートヤードHIROOにて日本初個展「漏れだす経済、再演のたましい」を開催した菅原万有さんにインタビューを行いました。

作家を目指すきっかけと香港での活動

Q:作家を目指すきっかけは何でしたか?

小さい頃から表現することがすごく好きで、絵を描いたり物を作ったりしていました。
大学の頃からは特に、10代の時に「社会と自分の関係」について深く考えることが多くなって、たとえば自分のセクシャリティだったり、人種的マイノリティであること、女性的マイノリティであることなど、そういったテーマをすごく考えていたんです。 そういう中で、物を描いたり、物を作ったりすることが自然と表現手段になっていきました。
大学院に進んだタイミングで、それまでやってきたことをアーティストとしてまとめたいという思いも強くなってきて、視覚的なことも含めて、自分のセクシャリティや女性的マイノリティといったテーマを表現していきたいと、方向性が定まりました。
それからは、さまざまなメディアを使って表現活動を行ってきました。

Q:香港にはいつから住んでいますか?また香港に住むようになった理由を教えてください。

今はちょうど3年目に入ったところです。もともと香港の映画がすごく好きだったんです。たとえばウォン・カーウァイの作品などがすごく好きで、昔から香港に親しみがありました。
あと、元パートナーが香港系カナダ人だったこともあって、訪れる機会も多くて。大学院を卒業した後に「今後どうしたいか」と考えたとき、アーティストとしての活動を本格的に始めたのが20代半ばと少し遅めだったので、制作を支援してくれる場所で活動したいと考えました。そのときに、香港にはそうしたプログラムがあることを知って、ここでやってみようと思ったんです。

Q:香港と日本の違いで印象的なことは?

すごく近い場所なのに、文化がまったく違います。私はカオスな都市が好きなんですが、香港は人がギラギラしていて、ざわざわしていて、そういう空気がすごく合ってるんです。人との距離感も近いし、コミュニケーションの取り方も日本とは全然違います。


Q:香港の都市の印象やイメージについてはどう思いますか?

サイバーパンク的な都市風景が印象的で、『ゴースト・イン・ザ・シェル』なども香港がモデルになっています。建物もイギリス式だったり、色鮮やかな団地があったり、映画の中のような街並みが広がっていて、歩いていてとても楽しいです。


Q5:生活のしやすさで比べるとどうですか?

日常生活の便利さで言えば、日本の方が暮らしやすいと感じます。でも、香港のように多国籍でカオスな環境は、自分にはすごく合っているんだなと。刺激も多くて、いろんな人が集まっていて、自由な空気があります。

Q:海外と日本での女性へのプレッシャーの違いについて

海外にいるときは、体系や見た目に対するプレッシャーを全然感じませんでした。日本では「痩せろ」とか「こうあるべき」という声が強くて、それがすごくしんどい。あと、痩せる=エネルギー摂取量を減らすということじゃないですか。社会的にも、経済が衰退すると女性への締め付けが強くなるというのを読んだことがあります。そういうプレッシャーにはもう付き合いたくないです。


Q:海外生活での気づきや、日本との違いについて他にありますか?

海外の方が、いろんな人種・文化が混ざっていて、それが日常にあるのがすごく魅力的。でも海外では、多国籍の人が混ざって生活していて、ミックスの人も多く、そういう環境は夢があってすごく好きです。


これからの展望と、自分にとって「居場所」とは

Q:これからの展望について教えてください。

現在、博士課程の3年目なんですが、今後の方向性としては、アカデミアに進んで研究や教育をするのか、アーティストとして活動していくのか、両方の可能性を模索しています。理想としてはその中間に立ち、研究と制作の両方を行っていきたいですね。ポスドクでアメリカなどに行くのも一つの選択肢ですが、今の政情や移民政策を見ると不安もあります。


Q:海外生活で感じたことは何ですか?

カナダには3年半ほど住んでいて、トルドー政権下だったこともあり、かなりリベラルな雰囲気でした。カナダは移民の割合が高く、多様性が根付いていて、そういう空気がとても居心地よかったです。海外は精神的にもとても楽でした。海外では見た目や性別、パートナーのあり方に対するプレッシャーが少なく、「パートナー」という言葉一つとっても、自由さを感じました。


Q:ご自身の「居場所」やコミュニティについてどう感じていますか?

東京ではコミュニティというより、点でつながってる感じですね。でも香港では、SMに関するフィールドワークを通じて出会った仲間たちと、ある程度の安心感をもって過ごせる環境があり、自分の居場所があると感じています。


Q:読書もされるとのことですが、印象に残っている本を教えてください。

家庭用安心交付
現実と幻想、狂気が交差する作品で、人間の根源的恐怖に迫る内容です。とても好きでした。

ビョン・チョル・ハンの哲学書
短くて読みやすいものが多く、『疲労社会』など、現代社会に鋭い視点を投げかける本が多いです。

金原ひとみさんの作品
特に『ヘビにピアス』は強烈な印象がありますね。


今回の展示は、日本初公開となる「漏れ出す経済、再演のたましい」です。SMというテーマを通じて、社会構造や国家間の権力関係、個人と国家の関係を考察します。今回こちらで展示されているのは新作3点となります。

生きる演技
ミックスメディア作品。SMに関する社会現象を参照しながら、「自由」や「新自由主義下の自立性」といった概念を問い直す内容になっており、テキスト要素を含む3つの構成要素で成り立っています。

漏れ出す経済、再演のたましい
香港ディアスポラの男性たちを被写体とした写真シリーズです。彼らを花瓶に見立てて塗装し、物として扱うことで、個人や集団が抱えるトラウマがどのように欲望と交差するのかを表現しています。また、SMという身体的・心理的な実践を通じて、トラウマを語り直し、再考することをテーマとしています。

マスターポイント
3面の映像インスタレーションとして展示されており、マゾヒストの男性3人を募って行ったパフォーマンスを記録した作品です。被写体たちは、普段であれば行わないような「誰かを使う」「従属させる」といった行為に挑みます。
このパフォーマンスは公共の公園で撮影されており、パブリックとプライベート、ファンタジーとリアリティといった境界を揺るがすことを目的としています。また、展示空間にあるベンチも本作品の一部として構成されています。


Interview:Mohri Tanaka

菅原万有 Maari Sugawara
香港在住のアーティスト・研究者。1994年東京生まれ。10代を英国で過ごし、早稲田大学で学士号を取得後、カナダ・オンタリオカレッジオブアートアンドデザインにて美術修士号(MFA)を取得。現在、香港城市大学クリエイティブ・メディア学部博士課程に在籍し、アートと理論の融合を深める研究に取り組んでいる。これまで、個展「Algorithms of Innocence」(2022年、トロント・日本カナダ文化センター)をはじめ、国際芸術祭Nuit Blanche 2022、また映像作品「(S)mothnering Myself」の発表(2024年、香港Square Street Gallery)など、国内外の展覧会において作品を発表。XR(VR、AR)、写真、映像、インスタレーション、テキスト、パフォーマンスといった多岐にわたるメディアを駆使し、表現を行っている。展覧会や学術会議、芸術祭など、さまざまな領域で研究と作品を発表しており、クィア的な方法論とナラティブを基盤に、隠されてきた歴史や抑圧された個人の物語を掘り起こす。グローバルな、そして個人の歴史、帝国主義、欲望、暴力、異性愛規範、植民地主義といった複雑に交錯するテーマを探求し、現代社会に新たな視座を提供することを目指している。

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