青井 茂 株式会社アトム 代表取締役
ニュートンが「創造的休暇」なら、
僕は「空想的・妄想的期間」
ニュートンが万有引力の法則を発見したのは、17世紀、ヨーロッパの各地でペストが大流行していた時期だった。通っていたケンブリッジ大学が休校になり、ペストを避けて1655年から1年半、ウールスソープに帰郷。そこで、りんごが落ちるのを見て万有引力の法則を思いついた。これだけでなく、彼の三大業績はすべて同じ時期になされたと言う。そのため故郷に戻っていたこの期間は「ニュートンの創造的休暇」と呼ばれている。
現在、世界中で新型コロナウィルスが大流行している。日本でも多くの店が休業を余儀なくされ、人々は先の見えない未来を不安視している。僕はニュートンと違って休暇ではないため、ウェブを通じて会議をしたり、仕事をしたり本を読んだり、それからいろいろ空想したりして過ごしている。ペストが流行していた時代、ニュートンが「創造的休暇」を送っていたなら、僕はまさに「空想的・妄想的期間」を過ごしている。
新型コロナの感染拡大は、世界が大きく変わるきっかけになることは間違いない。そんな様子を目の当たりにしながら、僕はこれからの未来に向けて空想している。僕自身、新型コロナが日本で騒がれ始めた頃には、正直なところ、過去を後悔したり、不安になったりすることもあった。しかし冷静に考えると、「もう元の世界に戻ることなどないのだから、今できることをやらなければ」と、徐々に気持ちが上向いてきた。メディアではアフターコロナやウィズコロナなど、まるで言葉遊びのように騒がれているが、僕は毎日変わらず5時半に起きてジョギングをし、食事して本を読み、音楽を聞いて仕事をしている。限られた中で、淡々と日常を繰り返している。しかし、ただ同じことをするのではなく、毎日ジョギングコースは変えているし、読む本も10冊くらい同時進行だ。常に変化が加わり、刺激がある。ひとりで過ごしている時や移動中には、ときどき落語も聞いている。僕は落語が好きで、特に一之輔はお気に入りだ。なぜ落語というものは何度同じ話を聞いても笑ってしまうのだろう。噺家は絶妙に間を読み、その場の雰囲気を的確に捉えて、ライブ感のある落語を披露する。その間の掴み方が絶妙で、聞き手はくるぞくるぞと思いながらも笑うことをやめられない。人間はおそらく誰でも「笑わされたい」という欲求を持っていて、だからこそ、面白い人やユーモアのある人のところに人は集まってくるのだ。まるで引力にひきつけられるように。
世の中には「笑わせる人」と「笑わされる人」の2種類がいて、「笑わされる人」の側に立つ人はよく「自分にはユーモアのセンスがないから」と口にする。だが、僕はそんなことはないと思っている。ユーモアのセンスは誰もが持っているものであり、「自分にはユーモアのセンスがない」という人は、周囲に面白い人が多すぎて自分のユーモアに気づいていないだけか、あるいは、極端に良い人すぎて人の話を笑うだけか、どちらかだと思う。もし、ユーモアのセンスがないと思っているなら、まずは、常にニコニコと笑顔でいることだ。そしてときどきふと黙り込み、自分の失敗や不運をネタにして話す。人間は他人の幸せな話が好きだが、失敗や不運の話はもっと好きだ。ちょっと面白く脚色すれば、それだけで「ユーモアのある人」と認定される。
物事の有様は、
視点によって変えることができる
「ユーモアのセンス」とは、言い換えれば、変化を受け止める力のことだと僕は思う。大事な会議に寝坊したこととか、仕事でしくじって大きな勝機を逃したこととか、失敗やしくじりを笑いに変えるためには、まずは一旦、自分のなかで腹落ちさせなければならない。そうすると、その失敗自体、別に気にするほどでもないことのように思えてくるし、そういう経験を重ねていくと、普段凝り固まりがちな思考が活性化され、自分の経験値や戦力が少しずつアップしていくような感じがする。
人生とはより合わさった縄のようなもので、たとえばある視点では不幸であったことも、ちょっと立場を変えれば幸福になるように、結局、物事の有様は視点によって変わるのだ。今日、不運だ失敗だと嘆いたことも、明日になってみればもしかしたら幸運の種になっているかもしれず、少なくともその話をネタにして誰かに笑いを提供することができれば、不運や失敗にも一応、存在価値があったことになる。生きていれば、誰にだって不幸がある。今の世界がそうであるように、将来が見えず不安と緊張を募らせることもある。だが少し目線を変えれば、その不幸のなかにもおかしみやユーモアが見えるはずだ。マーク・トウェインは「ユーモアの源泉は歓びにあるのではなく、悲しみにある。天国にユーモアはない」という名言を残しているが、確かにユーモアや笑いによって不幸を幸福に変え、さらに他人とその幸福を共有することができるのは、地球上の生物で人間だけだ。そうなると、ユーモアは不幸や絶望の対岸にあるのではなく、それらは同じところを源泉として枝分かれしただけであり、もしかしたら「ユーモア≒不幸」とさえ言えるのかもしれない。それなら、ユーモアの反対語は何かと言えば、僕は「無」だと思っている。何も変化のないところこそ、人々の思考を停止させ、社会を衰退させていくからだ。
昭和的な働き方を引きずっていた平成は終わり、令和が始まって1年が経った。そして今、新型コロナが一旦世界をシャッフルし、新しい時代を生み出すことを余儀なくしている。これをパラダイムシフトと捉えるか、リスクと捉えてシェルターに引きこもるか。僕はユーモアと仲間を武器に、この混沌とした世界を泳ぎ切りたいと考えている。
FIRST FRIDAY Online Talk Session, Gen Tanaka + Keiji Ashizawa + Naruhiro Nagao
MC ⻘井茂(アトム代表/TOYAMATO代表)
芦澤啓治(芦澤啓治建築設計事務所 代表)
⽥中元(電通 CD)
⻑尾成浩(DE-SIGN CEO)
*敬称略、50⾳順
コートヤードHIROOでは、2014年10⽉以来、FirstFridayTokyo(以下、FF)と名打ち、⽉に⼀度のオープンイベントを開催してきました。COVID-19の影響により、2020年4・5⽉のFFはあいにくの中⽌となりましたが、6⽉のFFでは初めての試みとして、オンラインを活⽤したイベント開催にチャレンジ。6⽉のFFのテーマは、「富⼭」。富⼭のまちづくりに対し、共にチャレンジするクリエイティブな仲間を迎え、「富⼭」について、そしてこれからの日本がめざすべきまちづくりについて語っていただきました。
TOYAMATOが進めるクリエイティブハブ構想
青井 ▶︎ 私たちは今、クリエイティブハブという、まちづくりの拠点づくりを目指しています。そこは「働く」だけじゃなくて、「住む」とか「遊ぶ」とかの余白を残した場所。みなさんはどんな場所を作りたいと思いますか。
長尾 ▶︎ 私はワークプレイスの設計含め、「働く」ということをプロデュースしていますが、働き方を考える時、環境、行動、意識という3つを繋いで考えることが多いんです。環境が変われば行動様式も変わる、行動様式が変われば意識も変わる、というように。
今回、新型コロナの問題によって無理やり環境が変わり、リモートワークを始めざるを得なくなった人がたくさんいます。最初は「リモートじゃ無理」と思っていても「意外にできるじゃないか」と自然と意識も変わってきた。そう考えると、人間の意識を変えるなら、ある程度は無理にでも環境や行動を変化させることが必要なのでは、と思います。
芦沢 ▶︎ 世界では、クリエイティブのハブは必ずしも都会にあるわけじゃないんですよね。スイスのデザイン会社「アトリエ・オイ」は、西スイスにある古いモーテルを改造してアトリエにし、そのなかにゲストハウスやレストランまで作っている。世界からクライアントを招き、そこに泊まってもらうんですよ。
「どうしてそんな田舎でやっているだ」と聞くと、「ここが特別な場所であることが重要だ」と彼らは答える。結局、まずは場所がないと始まらないんですよね。
長尾 ▶︎ 新型コロナの一件で、クリエイターに限らず、多くの人が「実はオフィスがなくても仕事ができる」と気づいたと思います。でもその一方、「家は思った以上に快適じゃない」ということも見えてきた。家にいると家事をしなければならなかったり、仕事をするスペースがなかったりなど、困りごとを抱えた人も少なくありません。そういう人をどうケアするか考えたとき、浮上してくるのがクリエイティブハブのようなスペースだと思うんです。
青井 ▶︎ これまでは、そういう場所で仕事ができるのはクリエイターなど一部の人と思われてきたけれど、ほとんどの人たちにそういう場所が有効であるということですね。
長尾 ▶︎ 最近ではシェアオフィスも流行っていますが、現在は、ある業態の人たちがシェアオフィスを運営し、会員になった人がそれを借りるという形です。でも今後はもしかしたら、複数の企業が出資してシェアオフィスを作るというスタイルが生まれてくるかもしれませんね。
田中 ▶︎ 確かに今、リモートで働く人が増えたけれど、たとえば新入社員は一度も先輩や上司と顔を合わせないまま、自宅で作業をしなければならない。それから、営業しようにも、世間に名の知られた人ならまだしも、そうじゃなければどうやって自分をアピールしたら良いのかわからない。そう考えると人と一緒に働いたり、オフィスで社員同士、顔を合わせたりすることにも意味があるんですよね。
長尾 ▶︎ 一緒に長く働くことで「信頼貯金」みたいな人間関係が互いに生まれてくるのは確かです。私たちが働き方をプロデュースする時に大事にしているのは、新入社員や中途採用の社員など、まだ「信頼貯金」が醸成されていない人たちをどうケアするかということ。
TOYAMATOのプロジェクトでも、私たちは何度も富山でお会いして、一緒に飲んだり騒いだりしたうえで、信頼貯金が生まれ、このチームが成立している。今後、新しい働き方を考えていく上では、そうした関係づくりをどうやって進めていくかという課題があります。
芦沢 ▶︎ オフィスという考え方そのものも、今後変わっていくでしょう。これまでのように、「義務的に出社して仕事をする」という感じじゃなくて、「そこに集まるべくして集まった」というオフィスが今後、求められていくのではないでしょうか。そこに行けば新しい発見がある、誰かに会える、仕事の可能性が広がるなど、付加価値のある場所を作りたいと思います。
青井 ▶︎ 確かに、従来の会社は「無理やり」出社していた場所だったかもしれない。でもそうじゃなくて、楽しいとか、出会いがあるとか、飯が美味いとか、そういう要素がオフィスには必要になってきますね。
田中 ▶︎ 私は20年以上前に、スターウォーズの映画を作る「スカイウォーカーランチ」にCGをお願いしたことがあるんですが、そのオフィスはとても面白かった。会議室にダースベーダーがいるんだから楽しくないわけがないですよ。敷地が広くてみんな自転車で移動しているし、敷地にはワインを作る畑もある。よくわからない試作のロボットも転がっていて、そこにいる間はワクワクが止まらなかった。今後、どのオフィスもこうならないと、誰も出社しなくなるでしょうね。
長尾 ▶︎ 今後はあらゆることのオンライン化が進む一方で、リアルな場所の重要性がますます上がるでしょうね。
それから「働く」ということを考える上では「旅」も大切な要素で、僕らは今、旅行や出張の自由が制限されているけれど、本来なら移動時間そのものも楽しみであり、思考のスイッチを切り替えるのに必要な時間だったはず。移動するとか、違う環境に身をおくとか、「働く」ことにはそういう時間や場所が必要で、未来の働き方を考える上では、そのためのインフラを整備する必要性があるんだろうと思います。
上質なクリエイティブには伝搬力がある
青井 ▶︎ 新型コロナの問題をきっかけに、日本人の働き方が今後、変わっていくことは間違いありません。そんななか、どうやって富山のクリエイティブハブを作っていくかということを考えると、まずは人を魅了する場所をプロデュースしなければならないと思っています。でも、「カッコいい」とはどういうことなんでしょうね。これからの時代、なにがクリエイティブの条件になるんでしょうか。
芦沢 ▶︎ 僕はデンマークにある設計事務所と一緒に仕事をしているのですが、そのボスが言うのは、とにかく現代人は情報量の多さに疲れているということ。24時間情報が詰め込まれていて、明らかにストレスのレベルが上がっています。ゆえにストレスを取り除く場所が必要で、だから、自然との繋がりを感じられるキャンプが流行り始めた。住宅についても、たとえインダストリーであっても暖かい材料を使っていこうという動きがあります。
田中 ▶︎ 僕は広告代理店に入ったとき、世の中で話題となっているカッコいいグラフィックをよく参考にしたんですよ。でも自分の仕事にそうした要素を取り込んでもあまり評価されないし、プレゼンでも落ちる。反対に、カッコよくないと思いつつ、自分が作りたいものを持っていくと、意外と通ったんです。
僕らはついカッコいいとか、カッコ悪いとかそういう目でものを見がちだけど、世の中の人はそうでもなくて、むしろ、それが欲しくなるかとか、記憶に残るかとか、そんな視点でものを見ているんだなと思いました。
長尾 ▶︎ 僕も「カッコいい」という要素は大事だと思っていて、なんでも入り口はそこだったりするじゃないですか。カッコいいからのぞいてみようとか、使ってみようとか。
でも一旦中に入ると、今度はソフトな部分に目線が移り、中身の話に変わっていく。だから、富山のクリエイティブハブを考える上では、外見も大事ですが、そこにどんな人たちがいて、どんな仕組みがあって、どんな風に心地いいのか考えることも重要だと思います。
もう一つ、みんなで作るという感覚も大事だと思っていて、富山のクリエイティブハブも早い段階で地元の企業を巻き込み、みんなでベクトルを合わせて温度を上げていくことが必要。完成したときには「今日オープンでしたっけ、以前からやっていましたよね」みたいな感じにしていくことが必要なんじゃないかと思います。
青井 ▶︎ TOYAMATOは、クリエイティブな力がまちづくりには必要だと考えていますが、みなさんはいかがですか。
芦沢 ▶︎ 僕はそもそも、クリエイティブは伝播していくものだと思っています。上質なクリエイティブにはなんとなく人が集まってくる。たとえば、いいレストランをひとつ作れば、その町に似たようなレストランが2つ、3つ出来てきます。真似されたようですが、それでいいんです。ちょっとずつ変わっていき、あちこちに面白いものができれば。だから、クリエイティブはまちづくりに必要な要素だと思います。
青井 ▶︎ そうなると僕たちが富山でやるようなプロジェクトは、今後、伝播のきっかけになるようなものじゃなければいけないということですね。
田中 ▶︎ クリエイティブやデザインは飾りではないので、もちろんインパクトは大事だけど、使っていくうちに「これは必要不可欠だ」って、みんなに思ってもらうことが大切だと思います。クリエイティブは難しいものじゃなくて、なくてはならないものであり、透明傘みたいなものなんだって思ってほしいですね。
長尾 ▶︎ クリエイティブハブというと、どうしてもデザインに直結するイメージが強いけれど、実は創作のプロセスもとても大事。地域を作るとか、覚醒させるとか、新しい価値を生み出すとか、そういうことがクリエイティブな活動になるのだろうし、TOYAMATOがあえて「覚醒」という言い方をしているのは、「ゼロから作る」というよりも、今ある価値にもう一度みんなで気づき、紡ぎ直していこうという意味を込めているから。だから、クリエイティブハブの意味を地元の人に理解してもらい、「こんなこともできるんだ」っていう気づきへ繋げていくことが大事じゃないかなと思います。
青井 ▶︎ みなさんのイデオロギーを改めてお聞きし、クリエイティブハブ構想が一層、面白いものに思えてきました。ひきつづき、どうぞよろしくお願いします。
田中 元Gen Tanaka
1993年武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。現在、電通のクリエーティブディレクター/アートディレクターとして、東京ガスのキャラクター「パッチョくん」や「世界水泳福岡」ほか多くのプロジェクトを手がけるなど、第一線で活躍。主な仕事に、角川文庫 「発見!角川文庫」、富山グラウジーズ リブランディング 貞子3D 「貞子増殖 渋谷イベント」、マクドナルド 「B I T E ! 」他。主な賞暦にカンヌメディアライオン、クリオ賞、NYフェスティバル、ロンドン国際広告賞、A D C 賞、朝日広告賞グランプリ、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、メセナアワード優秀賞他。TOYAMATOでは立ち上げ前から活動全体のクリエーティブディレクションを担う。
芦沢啓治Keiji Ashizawa
1996年横浜国立大学建築学科卒業。一級建築士。architecture WORKSHOPで建築家としてのキャリアをスタートし、super robotでの2年間にわたる家具制作を経て、2005年に芦沢啓治建築設計事務所設立。カリモク、IKEAなどとの協業やパナソニック ホームズとのパイロット建築プロジェクトへの参画の他、オーストラリアのPeter Stutchbury Architectureとの協働によるWall Houseが「AIA’s 2010 National Architecture Awards」を受賞するなど、建築/リノベーション/家具/照明などジャンルを問わず活躍している。2011年石巻工房を創立、14年には家具ブランドとして法人化。
長尾成浩Naruhiro Nagao
1994年中央大学商学部卒業。株式会社岡村、リンクアンドモチベーショングループなどを経て、2005年株式会社リンクプレイス取締役就任。2012年MBOに伴い、株式会社ディー・サインに社名変更。2017年株式会社大村湾商事(長崎県地域商社)代表取締役社長、2019年株式会社ディー・サイン代表取締役社長就任。オフィス空間をはじめとした「場」づくりのプロフェッショナルとして、オフィスづくりだけでなく、店舗・施設などの構築、オフィス移転に伴う、物件選定・戦略・企画立案まで幅広く携わり、本質的なワークプレイス創りに関するプロジェクトマネジメントを行う。