SHARE the unprivate COLLECTION by 虫貴族 2021.05.14-28
僕がアートに初めて興味を持ったのは、たしか、2歳だったとき。 偶然、新聞に強烈な絵が掲載されていたのを見ました。悪魔か怪獣か、よくわからない生き物たちと天使が戦っていて、そのおぞましい独特な世界観に、たちまち魅了されたのです。あとになって、その絵はルネサンス期の画家ピーテル・ブリューゲルの『叛逆天使の墜落』であることがわかりました。
もうひとつ、僕の人生を語る上で欠かせないのが「虫」です。 初めて虫に興味を持ったのは、幼稚園生だったころ。いまでも忘れられないのが、初めててんとう虫が飛び立つ瞬間を見たときのことです。羽がパカッと二つに割れて、きれいに折り畳まれたもう1枚の羽が中から現れ、それが超高速に行われたと思うと、てんとう虫はグライダーのように飛び立っていきました。1cmにも満たない小さな虫が、あまりに高性能な作りを備えていることに、僕は心底驚きました。それ以来、虫の造形美や高性能なところに強く惹かれ、大きくなると山に分け入って蛇を捕まえたり、蝶をとりに南の島へ出かけたりするようになりました。
アートにも虫にも共通しているのは、「これはなんだろう?」「どうしてこうなっているんだろう?」と、見る人に考えさせるところです。特に現代アートはその傾向が強く、ひと目見ただけでは作者の意図や作品に込められた思いなどはさっぱりわからないかもしれません。しかし僕は、無理にわかろうとする必要はなく、むしろ、「これはなんだろう?」と考えるプロセスにこそ、アートの価値があるのだろうと思います。特に現代アートは固定観念を疑い、既成概念を打破して、新しいものの見方を提示する目的で創られることが多く、鑑賞者である私たちが、それを見ながら議論を交わし、自分のものさしで物事を判断できるようになっていく過程にこそ、価値があるのだと思います。 「自分のものさしで物事を判断できるようになる」ということは、「シトワイヤン(能動的市民)」の誕生につながります。そして、そうしたシトワイヤンが増えれば増えるほど、権力者に煽動されたり、極端な主義主張へ煽られたりすることのない、平和な社会の礎になります。
まあ、そんな小難しい理由は抜きにしても、現代アートはとても楽しく面白いということを、もっとたくさんの人に感じてほしいなと思っています。僕は現在、軽井沢にあるセゾン現代美術館の理事を務めていて、毎日、たくさんの方を出迎えています。ここ数年で現代アートに興味を持つ人も増え、特に、20〜30代くらいの女性が多くなってきたなという印象があります。
美術館といえば、シーンと静まり返っていて、ひとことでも発しようものなら、途端に警備員が飛んできて「シーッ」と怒られるというイメージを持っている人もいるかもしれません。しかし、そんなことはないのです。日本より、もっと現代アートが生活になじんでいるヨーロッパでは、小学生の頃から課外活動の一貫として、ミュージアムを訪れる機会があります。僕も一度、フランスのポンピドー・センターで子ども達と一緒になったことがあるのですが、そこでは日本とフランスのアートに対する違いをつくづく感じました。先生はまず、子ども達を床に座らせて、作品についてざっと解説しました。それから、こう言いました。 「今から10分間、自由行動です。他の作品を見に行ってもいいし、気に入った絵をデッサンしてもいいですよ」 子ども達はわーっといなくなり、そして10分後に戻ってくると、再び全員で自分が気に入った作品や、興味を持ったところについて、自由に発言をはじめました。
日本もいずれ、こうなるといいなと思います。みんなが自分の好きなアートを見つけ、自由に解釈し、その解釈を他の人と共有する。 「あなたはそうやって解釈するのね」「僕の解釈は……」と、アートという作品を通して自分がどう感じたか他の人に伝え合うことは、作品そのものを理解するだけでなく、相手への理解を深めることにもつながるでしょう。 アートとは、単に「観賞して、楽しむもの」ではありません。自分を含め、「人間」というものに対する理解を深めるツールになったり、自分の人生を振り返るきっかけとなったり、未来に対して夢を抱く動機となったり、アートとは変幻自在の魅力を兼ね備えた媒体なのです。
今回、アトム代表取締役である青井茂さんとのご縁から、僕のプライベートコレクションのうち約50点をコートヤードHIROOのギャラリーで展示させていただくことになりました。軽井沢のセゾン現代美術館で収蔵している作品は、どちらかといえば「ときどき見て楽しめるもの(=毎日見るには重厚すぎて疲れるかもしれないもの)」や「スペースが必要で、自宅には置けないもの」がほとんどですが、僕が自宅でコレクションしているものは、「毎日見ていても飽きないもの」「というよりむしろ、見れば見るほど新しい発見があるもの」が中心です。
ぜひ、ショッピングや映画へ出かけるような感覚で、「アートでも見に行こうか」と、フラリと足を運んでいただきたい。そして、一緒にいらした方とそのあと食事に出かけながら、作品について自由に感想を語りあっていただきたい。 「あの作品、気持ち悪かったね」でも、「ちょっとエグいよね」でもなんでもいいんです。ギャラリーを出たときに、なにか心にひっかかるものがあり、それが会話の種になってくれたらとても嬉しいと思います。
ちなみに、「虫貴族」という名前は、友人が僕に付けてくれたもの。「僕が虫好きだから」というのがネーミングの理由ですが、実は去年、セゾン美術館で蝶と蛾の標本「美のマイノリティ」を展示し、作家としてデビューも果たしています。