コートヤードHIROOでは山口塁の個展「流されずに流されていく」を開催いたしました。
A-TOM ART AWARD2022を受賞した山口氏、当ガロウでの初個展でした。
今回の展示作品の中で山口氏は様々な都市や場所で歩行し、鑑賞者である私たちに迷い方や迷うことの楽しさを示してくれる展示となりました。

「流されずに流されていく」
いつから、あてもなく歩けなくなったのだろうか。
いつから、道に迷えなくなったのだろうか。

散歩中にふと立ち寄ったお店で「何かお探しですか?」と問われるたびに、戸惑ってしまう。この店で探しているものはない。そもそも、人生において探しているものなどあるのだろうか。

効率や生産性を重視する社会、際限なく押し寄せる情報の渦、感動という名で押し付けられる誰かの物語。私たちは常に何かの流れの中にいながら、それらは私たちを一定の方向へと押し流す力を持っている。

このような流れに完全に身を委ねることなく、かといって逆らい続けるわけでもない。そうした振る舞いや即興的な応答について、2017年から2024年にかけて様々な都市で行ったパフォーマンス作品を紹介する。各々の実践は歩行を中心に据えて行われてきた。

歩くという行為は遅くて、退屈で、つまらないものかもしれない。しかし、だからこそ私たちに迷う自由を与えてくれる。目的地への直線的な移動を離れ、私たちは自己と世界の対話に耳を傾け始める。自らの内なるリズムが生み出す歩みは、ある種の流れに身を委ねながら、同時に予期せぬ方向性に開かれている。それは、地図にはない道を歩むようなものだ。

10年前の自分に、今の自分が美術作家をしていることを告げてもきっと信じないだろう。それほど自分の想像を超える道筋を、この先も望んでいる。

本展覧会は私の旅路の断片であると同時に、観客を彷徨いの世界へ誘う招待状のようなものだ。それは何かを「見つける」ためではなく、既存の枠組みや慣習、そして自分自身さえも「失う(Lost)」ための旅かもしれない。

題字:深治遼也
支援:令和6年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業


山口 塁
美術家。1991年石川県生まれ。東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻修士課程在籍。
些細なジェスチャーや身近な生活用品を詩的あるいは政治的メタファーに転換し、日常に潜む社会的構造を明らかにする作品を制作している。制作は都市文脈と歴史のリサーチや特定の個人への聞き取りから始まり、表現媒体はテキスト、ダンス、映像、インスタレーション、パフォーマンスなど領域横断的に展開する。
近年の主な展覧会に「現代芸術振興財団CAF賞ファイナリスト展」(代官山ヒルサイドフォーラム、2023年)、「ON LIMITS」(新有楽町#ソノアイダ、2023年)、「A-TOM ART AWARD 2022 ヴァナキュラーと夜明け」(コートヤードHIROO、2022年)、などがある。
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