コートヤードHIROOでは2024年6月14日(金)~6月30日(日)の間、窪田望、丹原健翔による二人展「RHODA」を開催いたしました。

1950年代の戦後アメリカ。経済がこれまで以上に加速化し、ベビーブーマーがこれからのアメリカをより自由で強固な国にしてくれると期待されているなか、ウィリアム・マーチによる小説『悪い種子』(原題:The Bad Seed、1954年)は大きく話題となった。Enfant Terrible=恐るべき子供たちとも称されるホラージャンルの先駆けで、殺人を犯す8歳の少女と、連続殺人犯だった祖母から続く遺伝の呪いを題材にしたサスペンス本作は、出版後2年も待たずに舞台化・映画化がされた。ストーリーについて特筆すべきは、主人公であるローダ(Rhoda)が殺人を繰り返す姿に、実は祖母が伝説の連続殺人犯であったことが中盤でわかることで、視聴者が強引にも「納得」させられるところである。「蛙の子は蛙」というのが一つのアンサーになり、一瞬にしてサスペンスミステリーから、確かな敵意と対峙するホラー映画に変わる。ローダの母は、セラピストに子育て次第で子どもは変わると言われ安堵をするも、まもなくその犯罪の全貌がわかり、遺伝という呪いに抗えない絶望で自殺する。

この演劇と映画が話題となった1950年代では世界中で戦争の爪痕としての孤児院が多く建ち、その施設に住む”特異な”子どもたちはしばし研究対象となった。現代の子育て論に大きく関与する精神科医のボウルビィの愛着理論(1951に初めて言及)をはじめ、子育てに関する研究が多くなされた時代である。信仰と権力が定めてきた従来の子育て論を刷新した、Empirical(経験主義的)で論理的な体系への試みが一般の子育て世代に広まる最中、『悪い種子』は実に残酷で恐ろしい映画に見えただろう。戦争という罪の数々に、後天的に抗うことができないのかもしれないという絶望。繰り返してはいけないと誰しもが多かれ少なかれ思っているその意識を、逆なでするようであった。実際、映画版では当時の観客への配慮と映画倫理規定によって、結末に殺人鬼ローダに突然カミナリが落ちて死ぬ「ハッピーエンド」が加えられた。

2020年代。人工知能の”暴走”を恐れ、法整備やルールの制定が急がれる。AIを”悪用”することを防ごうと世界中の巨大企業や政府が動き、我々はその存在を擬人化して扱う。「より人間的」に受け答えのできるチャット、ディープフェイクなどの技術によって生成される「より自然な人物像」、アーティストを模倣した「より本物っぽいAIアート」など、度々熱論が交わされる話題が流行る。そのたびに、世界世論は騒ぎ、現代美術は問題提起を急ごうと制作される。不可逆なシンギュラリティの瞬間に向けて、我々は安心のインフラストラクチャを求めざるを得ないのである。そうして”悪用”されない、つまり”正しい”人工知能の使われ方を求める中で、我々一人ひとりの中で定めている”正しさ”が暴露されるのである。人工知能の学習に扱っていいデータを規制し、活用に関してルールを定め、AIを人類が”育て”ようとすることは、我々の考える”正しさ”との対峙そのものだろう。

それは、AIというものが膨大にも、あくまで既存のデータから学習して出力しているというわけだから、当然といえば当然である。自明的とも見えるからこそ、側面として絶望的な恐怖を備えている。昨今でも絶えない争いの数々を観ていて考える。もしも、人工知能によって世の中の数多ある問題が何一つ解決しなかったら。悪用そのものではなく、ただただ繰り返される、人類が抱えてきた罪の継承の現れ。そういったものを、僕たちは恐れるのである。

丹原健翔


窪田望 NOZOMU Kubota
経営者、AI開発者、発明家、YouTuber、美術家とジャンルを横断しながら、表現を行う。東京藝術大学大学院先端藝術表現、修士課程。AIの特許を日本・アメリカ・中国・香港で20個発明し、YouTube、TikTok、Xの総フォロアー数は30万人おり、自動運転の分野ではGoogleの精度・頑健性を上回る数値を出力するAIを作るなど、AIやデジタルを使った表現が得意。 2022年から現代美術の分野で作品制作を開始。 Ginza Six、資生堂パーラーで生成AIを用いた動画作品や半透明タペストリー作品を発表する他、ChatGPT、そしてフィジカルな装置を組み合 わせたインタラクティブな作品を制作し、また 山形県西川町では消えつつある方言をAIに学習 させるなど、メディアテクノロジーとコンセプチュアルな手法を駆使し人間とAIというありふれた二項対立からの脱構築の実践を試みる。


丹原健翔 KENSHO Tambara
作家、キュレーター。現代におけるコミュニティの通過儀礼や儀式についてパフォーマンスを中心にボストンで作家活動をしたのち、17年に帰国、国内で作家・キュレーターとして活動。サイトスペシフィックな作品や展示をつくることを中心に、鑑賞者のまなざしの変化を誘発することを目的に制作。
写真:野本ビキトル(METACRAFT)提供:e-vela.jp